「英語が喋れない」。5歳が泣いた夜と、グランパのひとこと。
電気を消した寝室で、3歳の次男が寝息を立てはじめた頃でした。
布団のとなりから、押し殺したような泣き声が聞こえてきました。
5歳の長男が、大粒の涙をこぼしていました。声を殺そうとして、それでも「えーん」と漏れてしまう、あの泣き方で。
「どうしたの」と聞くと、しゃくりあげながら、言いました。
「英語が、喋れない。英語の本も、読めない」
(この子のことは、前にも一度書きました → 英語わからへん。5歳に言われた日のこと。)
全部読む時間がない人へ(先に結論だけ)
- 5歳の長男が、寝る前に「英語が喋れない」と大泣きした
- きっかけは、ハワイで会ったアメリカの従兄妹と、話したかったこと
- 「ママと一緒に勉強しよう」では、泣きやまなかった
- 救ってくれたのは、グランパ(アメリカの祖父)のひとこと
- そして後日、同じ悩みのママたちに、私自身も救われた
従兄妹と、話したかった
今年の1月、家族でハワイに行きました。2年ぶりに、夫の父——子供たちが「グランパ」と呼ぶ人に会うためです。
向こうには、長男より1歳年下の従兄妹がいます。その子はもう、大人みたいに英語を話します。長男は、伝えたいことが伝わらなかった。それでも、めげずに——何度も自分から近づいて、一緒に遊ぼうとしていました。
その夜、泣きながら、長男は本当の気持ちを口にしました。
「いとこと遊びたい。アメリカに行きたい」
「ママも英語できひんよ」では、足りなかった
とっさに、私はこう言いました。
「じゃあ、ママと一緒に英語を勉強しよう。ママも英語、できひんからさ」
でも、長男は泣きやみませんでした。
最近、朝の送りで私と離れるときに泣くことが続いていました。幼稚園がいやなのではなく、ただ私と離れるのが寂しくて。はじめて「泣いていいよ」と伝えたとき、この子は少し驚いた顔で言いました。「泣いてもいいの?……よかった」
だから分かっていました。これは、わがままで泣いているんじゃない。ずっと、心のなかに抱えていたものなんだと。
5歳の「母語」
泣いている背中をさすりながら、私は静かに気づいていました。
私が、家で日本語しか話さない。だから息子は、5歳にして、もう「日本語の子」になっていた。
「母語」って、たぶんこういうことなんだと思います。誰かが決めたわけじゃない。ただ、生まれ育った場所の、空気みたいなもの。
重く考えすぎないようにします。ただ、そうなんだ、というだけのこと。
グランパの、ひとこと
そのとき、私はふと、グランパの一言を思い出しました。そして、泣いている長男に伝えました。
「あのね。アメリカのグランパはね、『英語ができなくても、日本語ができたら、それでいい』って、言ってくれてたよ」
長男が、ぴたりと止まりました。
「……ほんと?」
「ほんとだよ」
「……よかった」
ホッとした声でした。こわばっていた表情が、ゆるみました。涙が、止まりました。長男は私の方をじっと見て、そのまま、すうっと眠りにつきました。
翌朝、この話を夫にしました。夫も長男に言いました。「長男、英語、すごく上手になってるよ」。長男は、また少しだけ涙ぐみました。
そして、自分なりの一生懸命な英語で、夫に確かめました。
「グランパ、ジャパニーズ、OKって言った?」
夫が「そうだよ。そう言ってたよ」と答えると、長男はもう一度、言いました。
「……よかった」
この子が、もう背負っているもの
5歳です。まだ、たった5歳。
それなのに、もう「ふたつの国にまたがって生きる子」の試練みたいなものを、感じ始めている。私が思っていたより、ずっと早く。
この夜、私は思いました。今は「頑張ろう」より先に、「今のままでいいよ」を渡したい。順番として、そっちが先だ、と。
相談したら、みんな同じだった
後日、思い切って、同じ立場の先輩ママたちに話してみました。国際結婚をして、日本で子育てをしている人たちです。
返ってきたのは——「どこの国際結婚の家庭も、同じように悩んでるよ。つい、よその子と比べちゃう。みんな一緒」。
自分だけじゃなかった。それだけで、肩の力が、ふっと抜けました。
でも、それと同時に、もうひとつ気づいたことがあります。みんな、本当によく努力している。英語教室をやっているお家ですら、自分の子は別の教室に通わせて、日本語は日本語で塾に通わせている。「家族だと、間違いを指摘しなくなるよね」という、正直な話も出ました。
安堵すると同時に、背筋が、すっと伸びました。
救いと、その先
あの夜の救いは、本物でした。長男は安心して眠れたし、私は一人じゃないと知れた。ふたつの救いに、確かに救われました。
でも——正直に書きます。
抱きしめるだけでは、英語は喋れるようにはならない。一緒に暮らしているだけでも、ならない。それも、私はちゃんと分かってしまいました。
気づけば私は、英語教室の月謝を調べていました。すると長男が、すかさず「サッカーもやりたい」。「〜やりたい」の無限ループが始まり、私の頭のなかで、そろばんがパチパチと鳴り始めました。
……でも、その話は、また別の日に。
今夜大事だったのは、ただ、この子が安心して眠れたこと。そして、グランパのひとことと、同じ場所で悩む人たちのおかげで、私もまた、眠れたこと。
追伸:「やりたいの無限ループ」と「母のそろばん」の話は、近いうちに別の記事で書きます。
これは私たちの個人的な体験談です。子育てや教育の正解は、ご家庭ごとに違います。