2020年3月、結婚式をやめた。40万円は消えた。でも、いちばんつらかったのはお金じゃなかった。
私たちは、結婚式を失ったとき、もう結婚していました。この違いが、大事なんです。この話の、ほとんど全部です。
40万円が消えました。「お祝い」をキャンセルして。そのうち35万円は会場費。残りは、クレジットカードの返金手数料 ── 先に払ってくれていた友人たちに、お金を返すときに取られた手数料です。
会場には、メールしました。電話する気力は、もうなかった。
6年経った今でも夫が怒っているのが、ここ。キャンセル料は、式が近づくほど上がっていきます。「この日までなら安い、過ぎたら高い」の締め切りがあって、私はその 前日 にメールしました。返ってきたのは ──「担当者が不在のため、明日ご連絡します」。明日は、締め切りの向こう側。キャンセル料は、上がりました。
夫はアメリカ人です。本気で怒ると、関西弁になる。「ありえへん」と言っていました。
私は泣きませんでした。あの時は。パンデミックが、私たちみんなを一種の麻痺状態にしていた。涙は、半年くらい経ってから、突然きました。
これは、挙げられなかった結婚式の話です。
全部読む時間がない人へ(先に結論だけ)
- 私たちは もう結婚していました ── 2019年5月、役所で、静かに。結婚式は、その「お祝い」のはずでした。2020年3月、夫の家族がアメリカから来日して。
- コロナで国境が閉じた。家族は来られない。日本の友人も怖がっていた。式の数日前にキャンセル。
- かかったお金は約 40万円。1円も戻ってこなかった。
- ブライダル保険に入っていたら助かった? ── たぶん、ダメでした(後述)。
- お金は、失ったもののなかで 一番ラクな部分 だった。つらかったのは、それ以外の全部。
2020年3月、あの空気を覚えていますか
誰も、何も分かっていませんでした。今となっては、それを説明するのが一番むずかしい。2020年3月初旬、私たちは、これが数週間で終わるのか、数年続くのか、何も知らなかった。
答えは、数年でした。3月21日には、日本は入国者に14日間の待機を求め、アメリカは自国民に「どこへも渡航するな」と告げていました。私たちがキャンセルしたのは3月初旬 ── 国境の壁が正式に立つ2週間ほど前に、先に読んでいたことになります。
国際カップルの、二重の絶望
パンデミックの中の国際結婚式は、両方の世界の最悪が同時にきます。
アメリカ側:夫の家族は、ギリギリまで来ようとしてくれていました。でも、フライトが次々に消えて、国境の計算が成り立たなくなった。
日本側:友人たちは怖がっていました。何人かは、すでにやんわりと「延期してほしい」と言っていた。
そして、今でも私を打ちのめす瞬間。キャンセルを決めたとき、友人たちは ── 晩婚の私を、心から祝福して、花嫁姿を見たいと思ってくれていた友人たちは ── こう言ったのです。「結婚式、キャンセルしてくれてありがとう」。
それくらい、みんな怖かった。私のウェディングドレスを見たかった。でも同時に、「私への愛」と「自分の安全」のどちらかを選ばずに済んで、ほっとしていた。
そして、私がいまだに抱えている罪悪感は、たぶんあなたが想像するのとは違います。後悔しているのは、キャンセルしたことじゃない。 ギリギリまで、決断を言えなかったこと です。最後まで望みを捨てきれなくて ── 少人数でも、家族さえ来られれば、と ── 直前まで言葉にできなくて、みんなを「今、本当に結婚式に行かなきゃいけないの?」の宙ぶらりんに置いてしまった。それが、半年後に泣いた理由でした。今思い返しても、泣いちゃう。
キャンセルの決断
最後に「やめよう」と言ったのは、私でした。
一度だけ、交渉を試みました。「コロナだから、減額できませんか?」
会場の答え:「結婚式を、6ヶ月、無料で延期にすることはできます」
私:「6ヶ月後に、コロナは終息しているんですか?」
沈黙。「……」
誰にも、答えられなかった。会場も、私たちも、2020年3月の地球上の誰も。「6ヶ月延期」は、親切に聞こえて、何の意味もなかった ── 終わりの日付が、どこにもなかったから。
40万円は、どこへ消えたか
会場のキャンセル料が35万円。
残りは、予想していなかった授業料でした。ゲストは会費をクレジットカードで払ってくれていた ── 便利で、現代的で、痛みがない。でも、 返金するとき に気づいたのです。返金はタダじゃない。カード会社が、戻すときにも数%を取っていく。「クレカ払い、ラクやーん」と思っていた。手数料って、こわい。
返金は、ありませんでした。テーブルの上にあったのは、使えない「6ヶ月延期」だけ。私たちは、その損失を飲み込みました。
あれは、私たちだけじゃなかった
不思議なことに、これが少し救いになりました。私たちだけが、不運に選ばれたわけじゃなかった。
まったく同じ悲劇が、世界中で起きていた。アメリカでも、カップルたちは頭金を失っていた ── 不可抗力条項や返金をめぐって、集団訴訟レベルの争いになるほどに。2020年春の結婚式は、地球上のどこでも、同じ死に方をした。私たちは、とても大きな玉突き事故の中の、一組でした。
教訓(お金の話として)
これから結婚式を計画する人へ:
- ブライダル保険はある。でも「中身を読む」べき。 日本のブライダル保険は、 自粛要請・緊急事態宣言・新郎新婦や式場の判断によるキャンセルは対象外 のことが多い。本人や家族が実際に感染して入院・自宅待機になった場合などに限られます。私たちのような「全員元気だけど、誰も来られない」は、 補償の隙間に落ちる。(米国も、コロナが2020年1月末に「既知のリスク」になって以降の契約は対象外になりました。)
- 不可抗力条項(Force Majeure)は、パンデミックを名指ししていないと効かない ことが多い。会場は結局、キャンセル料を取ります。
- 契約前に、キャンセル料のスケジュールを読む。 「いつ上がるか」を把握する。そして、 会場がメールにすぐ返事をくれると思わないこと。私たちは「明日ご連絡します」の一言で、授業料を払いました。
失ったもの、その代わりに手に入れたもの
本当に悲しかったのは、パーティーじゃないんです。
夫の家族に、着物を着てもらいたかった。3月末の桜を見せたかった。写真を、たくさん撮りたかった。子どもがいない、まだ自由なうちに、二人で日本を案内したかった。
ぜんぶ、できなかった。
でも、あの3月、私はまだ知らなかった ── 私はもう、 長男を妊娠していた。式を挙げていたら、つわりでしんどかったかもしれない。お祝いが崩れていくその裏で、新しい命は、もう静かに始まっていた。
夫の家族は、結局、日本に来てくれました。 3年後 に。その頃にはもう、長男と次男がいて。私は 汗びちょびちょで、子どもたちを追いかけながら案内しました。思い描いていた、着物と桜の、静かで完璧なツアーとは、全然違った。もっとうるさくて、ぐちゃぐちゃで ── ずっと、生きていた。
40万円は消えた。結婚式は、できなかった。でも私たちは、もう家族でした ── 2019年5月、役所で、「今がその時だ」と思って、静かに。
失ったのは「お祝いの一日」。 家族になることは、最初から、誰にも止められなかった。
もし、あなたもあの奇妙な春に式をキャンセルしたなら ── おつかれさまでした。そしていつか、誰かがあなたにも言ってくれていますように。「キャンセルしてくれて、ありがとう」と。それが、愛のことばとして。
これは2026年5月時点の私たちの個人的な体験談であり、金融・保険・法律のアドバイスではありません。保険の補償内容やキャンセル規定は商品ごとに大きく異なり、変わることもあります。実際の契約内容を読み、提供元に確認してから判断してください。